映画『BECK』名言に反して妥協ちゃったそれなりの作品

映画情報


BECK
ベック

ベック 映画 ポスター.jpg
製作:2010年(日本) ジャンル:音楽/青春/ドラマ
上映時間:145分
監督:堤幸彦
原作:ハロルド作石 脚本:大石哲也
音楽:GRAND FUNK ink
出演:佐藤健、水嶋ヒロ、桐谷健太、忽那汐里、中村蒼、向井理、and more…


【BECK】解説/あらすじ


ハロルド作石の人気バンド系漫画『BECK』を実写映画化。退屈な日々を送る高校生と、帰国子女の天才ロックギタリストの出会いから始まる熱い青春音楽物語。監督は『20世紀少年』の堤幸彦。出演は佐藤健、水嶋ヒロ、桐谷健太、中村蒼、向井理など、期待の若手勢ぞろい。


平凡でつまらない人生を送り、人生を諦めかけていた高校生のコユキ(佐藤健)は、ある日黒髪長髪のニューヨークからの帰国子女で、天才的なロックギタリストである南竜介と出合う。コユキが竜介の飼い犬であるBECKがいじめられていたところを助けてことから、お礼としてギターを譲り受け、ロックに興味のなかったコユキも、次第に音楽に目覚めていくことに。一方で新しいバンドを結成すべくメンバーを探していた竜介は、ベースの平(向井理)を他のバンドから引き抜き、天性のフロントマンとして資質を誇る千葉(桐谷健太)を加入させて、バンドの名前を飼い犬にちなんでBECKと命名。いじめられっ子のコユキは、竜介から譲り受けたギターをヤンキーに壊されて、一度は竜介に絶交を申し渡される危機に陥っていたが、諦めずにギターの練習を続け、竜介の妹である真帆(忽那汐里)の助けもあり、親友のドラマー、サク(中村蒼)と共にBECKのメンバーに迎えられるのだった。


【BECK】映画感想/レビュー


音楽・バンド系漫画としては異例の1500万部以上の売り上げを記録した、ハロルド作石の人気青春音楽漫画『BECK』を佐藤健と水嶋ヒロ主演、監督に『20世紀少年』シリーズの堤幸彦で実写映画化。
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個人的にはハロルド作石の原作のファンであるため、実写で映像化といっても大して期待はしていませんでした。
というより、映画化とかやめてくれと思っていました。天才ギタリスト南竜介のギターテクニックを身につけるために、たかが一ヶ月半やそこらの猛特訓くらいで追いつけるわけなかろうがと、自分自身がギターを弾く故に思った次第でございます。バンドを舐め腐るなと。
折角の素晴らしい漫画(原作)を、ヒットメーカーを寄せ集めただけの商業目的のみの商品としては観たくなかったんですね。(堤監督に関して言えば『20世紀少年』も原作の良さをぶち壊したと思ってますし(エンターテイメントとしてはよかったかもしれないけど))


当然のことながら、映画や原作のタイトルになっている『BECK』の由来はバンドの名前であり、そのバンドの名前の由来は、竜介が飼っているツギハギの犬です。原作の中ではアメリカのソロアーティストであるBECKからとられたとか、英国三大ギタリストの一人、ジェフ・ベックからとなっていますけど。


この犬のBECKが、全然ツギハギじゃないんです。
当然と言えば当然の話しなんですけれど…悲しき日本の映画事情、ツギハギの犬なんか出したら動物愛護団体やら何やらからのバッシングでえらいことになってしまうんでしょう。
原作の『BECK』では、ツギハギであることにもちゃんと意味があるんですけどね。


そんな犬のべックを筆頭に、原作との相違点が目茶苦茶多いですね。
そもそもグレイトフル・サウンドに参加するまででもかなりのドラマがある原作でしたから、2時間半で映画化するには、色んなところを切っては貼らなければいけないんで仕方ないんでしょうけど、どうせなら『20世紀少年』みたいいシリーズ化すればよかったのにとか思ってみたり。


なんでコユキが最初から竜介にテレキャスター譲り受けとんねんとか思ってみたり(本来譲り受けたのはアコギで、そこから紆余曲折を経てテレキャスターになっていたはず)、コユキの名付け親である憧れの泉先輩が何故におらんねんとか思ってみたり、文句をつけようと思ったら、原作を読んでいればなんぼでもつけられる映画。
なので、そこんとこはもぉ多分割り切って観ないといけないんでしょう。


自分が若い頃からギターを弾き初めてバンドをやっていることもあって、音楽を通した人との出会いでドラマが生まれてくるのは、物凄く理解できる部分であったりもします。
まるで必然であるかのような運命的な出会いというものは、事実存在するものなんです。
それが天才ギタリストだったり帰国子女だったりする必要は別にないのですが、生きてる上で特別な存在という人は、確かに存在するもの。
自分がそう思うことによって、相手も自分の存在を認めてくれたり必要としてくれたりするものなのだと思います。オレなんて、私なんて必要のない存在、存在理由がない…等々、そんなことを思う必要なんて全くないのです。


って何の話しになってんだかわかりませんが、きっとそういうものなのだと思いますというか、信じた方が人生なんぼか楽だしきっと楽しいはずである。


しかし水嶋ヒロは、本当に一ヶ月半であんだけギター弾けるようになったんだろうか?
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見た目と勢い的なかっこよさはなんとなく出せるものとしても、単純にテクニックの面での話、一ヶ月半とかであれだけ弾けるようになってるんだとしたら、かなりの天才ギタリストなんじゃなかろうかと思った次第です、ましてや他のドラマやら何やらの仕事などで多忙を極める身、練習にばかり時間も割けないはず。
アレはマジで弾ひてんのか?
たまに押さえてる位置が怪しいとか思いつつも、要所では、アレ?やっぱりちゃんと弾いてるくさいような気がするとか思ってみたり、もしアフレコだったとしても、本人が弾いているんだとしたら凄いことやと思いますよ。
で、結局見た目優先で殆ど弾いてないわけなんですけどね。ギターに限らずベースもドラムも。
エンターテイメントに徹するのもいいですけれど、実際音楽をやってる身としては、弾けないなら弾ける俳優なりなんなり連れてこいって正直思いました。音楽舐めとんのかと。


ただ、桐谷健太が演じた千葉だけは、あまりにもハマリ役すぎてビビリました。
巧すぎますね。千葉以外の何者でもなかったです。
演技もさることながら、これは事実本人によるアフレコらしいですけど、歌(ラップ)もかなり巧かったです。


向井理演じた平クンのスティングレイを奏でる姿もさまになってたし、サク演じた中村蒼もハマッてたと思います。(あくまで見た目はです)


何よりこの映画の中で一番よかったのが、コユキ演じる佐藤健、というかコユキの存在なんですけど、彼は原作では人を引き付ける素晴らしい声を持ったシンガーとして登場しますが、その声を出して歌うシーンを、口パクだけにしてボーカルの音を出さなかったんですね。
劇中でしょっちゅう「イメージ」というフレーズが出てきますが、このシーンはまさしく観客である私たちが、コユキの声や歌のメロディーをイメージするシーンであって、どんなイメージをしようが『自由』なシーンです。
この演出は本当に素晴らしかったです。ライブのシーンは、自分のバンドのメンバーと観ていたからかもしれませが、正直泣きそうになりました。
オーディエンスとしての感動というよりは、プレイヤーとしての感動ですね。


グレイトフル・サウンド等のライブシーンや、BECKのメンバー以外の印象としては、真帆を演じた忽那汐里は正直若干残念かなと思いました。
真帆の破天荒だけど家では毎日泣いているような強烈な役をやってるにしては弱すぎました。
仕方がないことなのかもしれませんけれど、あれだけ原作でネイティブの英語の発音に拘っていた真帆が、劇中ではアレ?なことになっていたような気がしてみたり。そんなんエェから泉先輩を出せとか思ってみたり。


後は、有吉と品川と蝶野の使い方に爆笑しそうになったり、諸積ヨシトはGacktイメージなんかな?と思ってみたり、レオン・サイクスを演じた人、どっかで観た気がするなぁ?と思っていたら、ジム・ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』に出ていたサンキ・リーという人だったり(あの人、ビックリするくらいにハマッテた)、オノ・ヨーコいや、佐藤のおばちゃん(松下由樹)のお姉さんの、もたいまさこさんの使い方にやっぱり吹きそうになったり、なんせツッコミ所は満載ですけれども、単純に楽しむだけなら楽しめた映画でした。私情を挟むと色々言いたいところだらけですけどね。


“妥協してちゃ、それなりのもんしか手に入んねーぜ”

このセリフは、原作でも映画でも竜介が言う名言ですが、結局この映画は、仕方ない仕方ないで凄く妥協しちゃっている映画だと思います。あまり努力もプライドも見られない。故に、それなりに楽しめはするけれど、結局それなりで終わっちゃう。『BECK』に限ったことでもないですが、特に邦画の原作の上辺だけをなぞって、良さをぶっ壊してしまう風潮は、ホンマにどーにかならんもんかと思います。
堤幸彦監督の最新作は、『イニエーション・ラブ』に続いて、東野圭吾の小説を映画化した『天空の蜂』ですが、この小説、テーマがテーマなだけに難しい作品だと思いますが、エンターテイメントだけではなくて、難しいテーマをしっかり描けてるのかが気になる次第です。

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